選択肢がどんどん増える現代

今朝NHKの番組 「あさイチ」は”出生前検査 私の選択”だった。

検査を選択した人も選択しなかった人も結果的に障害を持って
生まれた子供を持つ親御さんたちから多くの意見が寄せらていた。

私は母が41歳の時に産まれた。1950年前半で 
検査など誰も想像もつかない時代だ。

母は臨月の日まで井戸端でごしごし洗濯やら物干しやら買い物やら 
全く通常と変わらない生活をし、 陣痛が起きたら 
隣のおばさんにお産婆さんを呼びに行ってもらって・・・
自宅で産んだ。

おそらく高齢出産というものをそれほど深刻に考えていなかったと思う。

今は医学が進歩して昔治らなかった病気が治るようになった。
ありがたい。

けれども検査などが進歩して 本来心配しないでよかったことまで
現代の人たちは悩みながら選択していかなければならなくなった。

出生前検査、延命治療、不妊治療・・・・・・・

今ホットな話題のips細胞も 多くの難病の方たちを救うのは確かでしょうが、
世の常としておそらく思わぬところで辛い状況も生み出すでしょう。

昔は不便で物理的には大変だったけれど、選択肢があまりなかった
ということは一面幸せだったということになる。

なにかと選択せざる得ない今を生きる私たちは この先もずっと 
選択し続けていかなければいけない。

今日の番組では 投稿された誰もが検査するかどうか、
そして出産するかしないかを苦しんで、苦しんで、苦しんで、
苦しみ抜いて決定している。

子供を安易に産んで 虐待されたあげくに死んでいくという報道を
たくさん聞く昨今、親が悩み抜く過程を経て授かった子供は
どんな結論になろうとも幸せだ。

世の中の誰もが大小にかかわらず何か問題を抱えている。

では人の幸不幸の分かれ道の大きな要因は何か。

それは身近に一緒に悩み苦しみ、問題を共有してくれる人がいるかどうかだ。

お父さん、お母さんかもしれない。

時にはおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさんかもしれない。

それから人生を共に歩んでいく上でのパートナー。

もちろん子供だって大事な相談相手。

友人、知り合いなどは 例外を除き いざという時には
責任は負えないので助言してもらう程度と考えていたほうが
いいかもしれない。それでも大切な人たち。

解決策が見つからない時は 一人で悶々と苦しむ前に 今一度 
身近な人たちに思いを馳せてみよう。

有働キャスターが番組の中でインタビューした東尾理子さんが悩み、
考え抜いた末の決断。

アメリカに10年住んで 障害者と健常者との壁の低さを知った。
障害者も普通に街を行き来しているし、大学にも通っている。
だから私は羊水検査を受けないで 産む選択をしました」
(原文通りではない)