学校ってなんだろう 1

先日NHKの「特報首都圏」で日本で働くインド人の子どものための
学校「インド・インターナショナルスクール」について放送していた。

全校生徒280人のうち半数近くが日本人だという。


学校の選択肢が少しずつでも拡がってきているんだなと
ほっとする部分もある。

でも実際はどうなんだろうか・・・・


わたしが日本の学校のシステムがもはや機能しなくなってきているのではと
思い始めたのは娘が地元の公立小学校で3〜4年生の頃だった。
20年くらい前のことです。


その頃2学年上の子どもたちのクラスが成り立たなくなっていた。
授業中子どもたちが教室内や廊下やベランダを歩き回ったり、
家に帰ってしまったりそんな状況が常習化し始めていた。


間接的な話でしか知らないが、ある子は勉強がわからないから
退屈で歩き回ってしまう、ある子は勉強が簡単すぎて退屈でただただ
帰る時間になるのをじっと我慢して待っているらしかった。

当時それを聞いてどちらの子どもにとっても時間の無駄だなと思った。


「学級崩壊」という言葉がマスコミで使われ始めたのはそれから
1年くらいたってからだった。


学校とは勉強を教えてもらったり、社会生活を送る上での基礎を
学んだりするところだと思っている。

自分だって若い頃特に学校生活が楽しかったわけではないけど惰性ながらも
きちんと通い、それを特に疑問も感じないまま大人になっていった。


しかし当時この様子を聞いて、大事な子ども時代を無駄に過ごすことの
空しさを感じないわけにはいかなかった。


かといって奇抜なアイデアを取り入れるには我が家は経済的にも
発想的にも限界があるので、ごく普通のお決まりコースで子どもを育てた。


もし本気で時代に即した新しい教育をさせていこうと思うなら
経済的な面だけでなく早くから調べて夫婦共に納得し、
協力していかなければ行動に移すのは難しい。


昔と違い、今は意思のある子どもはきっかけを与えれば
自分でどんどん情報を取り入れていくことができる時代です。


以前と比べひとり一人の個性が大きく違ってきている今、同じ教室に
何時間も無理やり閉じ込めておくのはもったいないと思う。


実生活に必要な最低限の算数や国語、社会などの基礎的な教科、また社会生活を
送る上での最低限のマナーやルール、クラスメートを通して世の中にはいろいろな
価値観があることを知るなど学校が果たす役割はまだまだ大きいとは思う。


でも多様化してきた今は学習面ではかなりの工夫がいるのではないだろうか。


上記のインド人学校のように変化してきている学校に入っている子どもも
増えているとは思うが、その数はまだまだ少ないと思う。


これから日本にもこういう新しい発想の学校や個性的な教育方法が
多く生まれていくことを期待したいし、公立だってそれぞれ
特徴のある違った学校が作られていくといいのに。

いつになっても進歩しないなんてあるわけないから 
実は新しい形の学校がたくさんできているのかもしれない。

子育てははるか昔のことではあるけれど、学校の今をとても知りたいと思う。