森会長の発言での波紋について考える

森会長がオリパラの組織委員会を辞任するというニュースが入り、夫と話が盛り上がったので、箇条書きにしてみることにしました

 

★確かに森氏の発言は余計でした。なんと言っても森氏は公人ですから、内輪で話すようなことを、公の席で言ってしまったのは脇が甘かったです。

 

★だからといって辞任すればそれですむのでしょうか。

 

「たとえ人からの引用であろうとも、自分が口にした内容は間違いだった。私は国のため世界のために心血を注いでいる。間違いを思い改め、引き続き成功に導く努力をしていきたい」というようなことを言ってもらいたいたかった。

 

★多くのボランティアの方たちが辞退することを決めたという。その程度の参加意思だったと思うととても残念です。

 

空気など読まず、参加を貫いてくれたらカッコいいのに。世界に日本の心意気を伝えるためには森氏の発言など取るに足らないこと。やめてしまっては世界から「その程度」と思われてしまうのでは?

 

森発言について発信している特に海外の人たちは日本の本気度を試しているのかもしれませんし、他にもっと深い問題があるのに、森氏発言にすり替えられてしまっているのかもしれません。

 

★女は、男は。年寄りは、若いもんは。大人は、子どもは。日本人は、アメリカ人は、フランス人は、インド人は、中国人は、などなど一括りで決めつけないことが大事なんだと気づいた。自分もついつい一括りにして「〜はこういうものだ」と思い込んでしまうところがあります。

 

一塊がそうであるのでなくて、その中の個々がそれぞれ違うということ。

 

今回の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」発言ですが、会議を長引かせるのは男性の中にも存在するはず。女は〜だと決めつけてしまった典型でしょう。

 

自分もそう思い込まないよう、自覚していきたい。一人一人が意識して暮らしていくことが、差別意識をなくしていくことに繋がっていくと感じます。

 

オリンピック、パラリンピックの関係者の方たちが開催を諦めているならば、世の中の流れやマスコミの煽りに乗せられてしまっても、それはそれで仕方ないでしょう。